大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)3088号 判決

控訴人

広沼建設株式会社

代表者

広沼勇吉

訴訟代理人

川勝勝則

被控訴人

外野吉章

訴訟代理人

富永義政

大田耕造

田島恒子

菊池祥明

被控訴人

石橋和夫

主文

一  原判決中控訴人と被控訴人石橋和夫に関する部分を取消す。

被控訴人石橋和夫は控訴人に対し、金一一三〇万二二二〇円及びこれに対する昭和五二年五月一一日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  控訴人の被控訴人外野吉章に対する本件控訴及び当審での追加的請求を棄却する。

三  控訴人と被控訴人石橋和夫との間の訴訟費用は、第一、二審とも同被控訴人の負担とし、被控訴人外野吉章に対する当審での訴訟費用は、控訴人の負担とする。

四  本判決は第一項の金員支払を命じる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「一、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。二、被控訴人石橋和夫は控訴人に対し、金一一三〇万二二二〇円及びこれに対する昭和五二年五月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。三、控訴人と被控訴人外野吉章との間で、控訴人が原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき所有権を有することを確認する(当審での追加的請求)。四、被控訴人外野吉章は控訴人に対し本件建物を明渡せ。五、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人石橋和夫に対する請求の趣旨を右二の限度に減縮した。

被控訴人外野吉章の訴訟代理人は、主文第三項と同旨の判決を求めた。

被控訴人石橋和夫は「本件控訴を棄却する。」旨の判決を求めた。なお、同被控訴人は当審第二回口頭弁論期日以降、公示送達による適式の呼出を受け乍ら各期日に出頭しない。

当事者の主張及び証拠関係は次に附加、訂正するほか、原判決事実摘示及び当審証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表一行目の次に「(7) 建築材料はすべて控訴人において調達、供給する。」を附加する。

2  同枚目表五行目から六行目の「、被告会社に引渡した。」を「た。」と訂正する。

3  同五枚目裏四行目「昭和五一年一〇月一九日」を「昭和五二年五月一一日」と訂正する。

4  同六枚目表二行目「本件建物の」の次に「所有権確認とその」を附加する。

5  同七枚目裏一行目「である。」の次に「なお被控訴人外野と訴外日石設計株式会社(以下「訴外会社」という。)との間の本件請負契約にあつては、一括委任又は一括下請を禁止していたため(乙第一号証の「民間建設工事標準請負契約々款」第三条)、被控訴人外野は、当然訴外会社自ら本件建物を建築完成したものと信じて、同会社に前述のとおり請負工事代金全額を支払つて、同会社から本件建物の引渡しを受けたものである。従つて下請負人である控訴人が元請負人である訴外会社から下請工事代金の完済を得られなかつたからといつて、下請負人の存在を知らず訴外会社に工事代金全額を完済した被控訴人外野に対し、その責任を転嫁し、本件建物の所有権又は占有権を主張することは許されないというべきである。」を附加する。

理由

一被控訴人石橋に対する請求について

(一)  〈証拠〉によると、控訴人は訴外会社との間で、昭和五一年七月二六日控訴人主張の約定の下に本件(下)請負契約を、その後控訴人主張のとおりの追加・変更工事契約を締結したこと、右(下)請負契約が一括下請であること、控訴人において自ら調達した材料で昭和五一年八月六日本件建物の建築工事に着工し、その後工事現場隣接地通行の問題や、追加・変更工事の申出等があつて、若干工事の遅延があつたものの、昭和五二年五月中頃には追加・変更工事を含め、本件建物の建築工事が一応完成したこと、ところが訴外会社代表者石橋は、本件(下)請工事代金一四二〇万円、追加、変更工事代金三一五万二二四〇円のうち、契約成立時の一〇〇万円、躯体完了時の四〇〇万円、計五〇〇万円を支払つたのみで、残余の支払を全くしなかつたこと、その頃控訴人代表者広沼から残代金支払いについて同人、訴外会社、被控訴人外野間で協定書(甲第一七号証)を作るよう頼まれ、自らは署名押印したが被控訴人外野には連絡をとらなかつたことが認められる。

(二)  右(一)掲記の各証拠と被控訴人外野吉章の原審及び当審での供述及び弁論の全趣旨によると、被控訴人石橋和夫は訴外会社の代表取締役であるが、同社は株式会社とは言い条、実体は被控訴人の個人企業に等しく、従業員は僅か一、二名程度で見るべき会社資産は全くなく、本件(下)請工事代金支払の源資としては、被控訴人外野から受取るべき本件請負工事代金以外になかつた状態であつたこと、被控訴人石橋は後述の如く、被控訴人外野から本件請負工事代金全額の完済を受け乍ら、控訴人に対しては前述の如く、当初の段階で本件(下)請工事代金の一部を支払つたのみで残額の支払を全くせず、本件建物の工事完了後、後述の如く被控訴人外野に引渡し、その後訴外会社を手形不渡により事実上倒産させ、自らもその所在をくらまして、訴外会社の控訴人に対する本件(下)請工事残代金の支払義務を事実上免れさせ、控訴人に同額の損害を被らせたことが認められる。

(三)  右一連の認定事実からすると、被控訴人石橋は訴外会社の代表取締役として、当初から本件(下)請工事代金全額を完済する意思もないのに、控訴人との間で同契約を締結し、控訴人をして本件建物を建築完成させ、訴外会社の倒産、自らの所在不明により同社の工事残代金の支払義務を免れさせ、控訴人に同額の損害を与えたものというべきであるから、商法二六六条の三により控訴人に対し右損害賠償の義務があると解する。

よつて被控訴人石橋に対し、商法二六六条の三に基づき、本件(下)請工事残代金の内金一一三〇万二二二〇円と同額の損害賠償金及びこれに対する本件建物が後述の如く被控訴人外野に引渡された翌日の昭和五二年五月一一日以降右支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由がある。

二被控訴人外野に対する請求について

(一) 控訴人が訴外会社との間の本件(下)請工事契約に基づき、控訴人において全材料を調達、供給して昭和五二年五月頃本件建物を建築完成させたことは、前記一で認定したとおりである。

(二)  〈証拠〉によると、同被控訴人は、工事の進捗状況に応じ、契約の趣旨どおり、追加変更工事を含め本件請負工事代金計一八八八万円余全額を訴外会社に支払い、昭和五二年五月一〇日頃同社代表者石橋から鍵とともに所有権移転の趣旨で本件建物の引渡しを受け、保存登記を経、荷物を入れて本件建物を占有するにいたつたことが認められ、反証はない。

(三)  控訴人から訴外会社への本件建物の引渡し、所有権移転について検討する。

〈証拠〉中には、控訴人は本件建物完成の頃残代金支払のため訴外会社から交付されていた手形が不渡りとなつたため、同社代表者被控訴人石橋と残代金支払について折衝をするとともに本件建物の鍵を控訴人において保管していたが、間もなく被控訴人外野が本件建物に入居したことを聞き調査したところ、本件建物の勝手口のガラスや玄関の錠等が取替えられ、控訴人保管の鍵は合わなかつたので、石橋が右のような挙に及んで右被控訴人への引渡しをしたものと判断した旨の記載、供述があるが、前掲被控訴人外野の供述によると、同人が本件建物の引渡しを受けた際にはガラスや錠の取替えられたような形跡はなかつたというのであり、他により明確な証拠のない本件において前記の記載、供述のみによつて、石橋が右のような犯罪的行為をしたと断定することは出来ない。なお、前掲広沼の供述中には、被控訴人外野が右のようなガラス、錠の取替えをしたかのごとき供述があるが、石橋と云うべきところ外野と云い間違えたものと解される。

しかし、一方、控訴人が訴外会社へ本件建物を引渡したことについてこれを認めるに足りる適確な証拠もない。

そうすると、控訴人から訴外会社への本件建物の引渡し、所有権の移転は、なかつたという外ない。

(四)  ところで、下請人が自ら材料を調達、供給して建物を完成した場合には、建物所有権は先ず同人に帰属するのであるから、注文者が元請人を通じて右建物所有権を取得するためには、下請人から元請人、更に元請人から注文者への所有権の移転がなされなければならないところ、右(三)に述べたとおり、下請人である控訴人から元請人である訴外会社への本件建物の引渡し、所有権の移転もないのであるから、特段の事情のない限り、被控訴人外野は、訴外会社から所有権移転の趣旨で建物の引渡しを受けても、その所有権を取得することが出来ず、右所有権は、なお控訴人に留つていると一応いわなければならない。

(五)  しかし、被控訴人外野は、本件においては特段の事情があつて、控訴人は右被控訴人に対し、本件建物所有権又は占有権を主張することは許されないと主張するので、更に検討する。

〈証拠〉、前記一で認定した事実及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 控訴人は訴外会社から、下請工事代金計一七三五万余円中契約成立時分の一〇〇万円、躯体完了時分の四〇〇万円計五〇〇万円の支払を受け、残代金についても、後に不渡りになつたが、支払のための手形の振出交付を受けた。

(2) 被控訴人外野と訴外会社との間の本件請負契約においては、一括委任又は一括下請負の禁止が特約され(乙第一号証の第三条)、現に右被控訴人は本件建物の引渡しを受けるまで、工事の進捗や追加、変更工事代金の決済等について専ら訴外会社の代表者である被控訴人石橋との間で折衝を進め、直接控訴人との交渉を持つたことはなく、同人とは地鎮祭などで石橋がいるときに数度顔を合わせたにとどまること、従つて、被控訴人外野としては、控訴人が本件工事の実施に当つていたことは知つていたものの同人が訴外会社との間で一括下請の契約を締結し、これに基づいて本件建物を建築完成したものであることの認識はなかつた。

(3) 被控訴人外野は、本件請負契約に従い、工事の進捗状況に応じ追加・変更工事を含め、右工事代金計一八八八万円余を遅滞なく訴外会社に支払い、同社代表者石橋から所有権移転の趣旨で、鍵とともに本件建物の引渡しを受け、保存登記も経、荷物も入れて占有するにいたつた。

(六) そして、右(五)の(1)ないし(3)のような事情のある場合には、特段の事情があるものとして、控訴人は被控訴人外野に対し、本件建物の所有権あるいは占有権を主張して所有権確認、明渡し等を請求することは、信義則、権利濫用の法理に照らし許されないと解するのを相当とする。

その理由は次のとおりである。

(イ) 注文者において材料を提供して建築された場合には、建物所有権は原始的に注文者に帰属すると解されるが、訴外会社は控訴人に下請工事代金の三割弱の五〇〇万円を支払つており、材料の多くを提供したに近いことになつていると解される。

(ロ) 他人所有の不動産を権限ない者から譲受けた場合に譲受人は保護されないのであり、当裁判所のように解すると、保護されたと同様なこととなるが、下請人は元来建物所有権を最終的には注文者に取得させるべき地位にあり、下請人の建物所有権ないし占有権は、実質的、機能的には、下請工事代金債権確保のため意義を有するに過ぎなし特殊なものであり、一般の不動産所有者と下請人とを、一般の不動産所有権と下請人の建物所有権とを、また、一般の不動産譲受人と注文者とを各同視して注文者は保護されないと解することは、注文者、元請人、下請人の関係、下請人の建物所有権の特殊性に鑑み相当でない。

(ハ) 下請人は、元請人の経済状態等を知り易く、下請工事代金債権の確保に関しても、完成した建物について速かに自ら建物保存登記をするとか建物の保管を厳重にする等の方策が採れなくはない。

(ニ) 一括下請禁止の特約があり、注文者が元請のみと折衝して工事を進めてきている場合に、元請人、下請人の関係を調査した上代金を支払えと注文者に求めることは相当でないし、また、注文者が代金を完済し、元請人から平穏に建物の引渡しを受け、登記までも経ながら、なお元請人と下請人との関係如何によつて、下請人の建物所有権ないし占有権に妨げられ、二重に代金を支払わなければ目的を達成出来ないということは、注文者にとつてあまりにも苛酷である。

(ホ) 以上の各点を考慮すると、控訴人は、自らなすべき下請代金の支払確保の努力を尽くさず、右代金債権回収の危険を格別落度のない注文者である被控訴人外野に転嫁するものといえる。

(七) 以上のとおりであるから、被控訴人外野に対し、所有権、占有権に基づき本件建物の所有権確認とその明渡を求める控訴人の本訴請求はすべて失当として排斥を免れない。

三よつて控訴人の本件控訴中、被控訴人石橋に対する部分は理由があり、被控訴人外野に対する部分は理由がないので、原判決中被控訴人石橋に関する部分を取消して、同被控訴人に対する控訴人の本訴請求を認容し、被控訴人外野に対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、控訴人と被控訴人石橋との関係で民訴法九六条、八九条、控訴人と被控訴人との関係で同法九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(田尾桃二 内田恒久 藤浦照生)

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